
その成功体験、本当にどんな相手にも通用しますか?過去の勝利が敗因になる瞬間
ハトー屋との「プロジェクト堅牢盤石」を成功に導き、そのプロセスを「丸閥食品流アカウントマネジメント」として体系化してから数ヶ月が経った。あの一連の戦いを通じて丸尾くんは、そして広域営業部のチームは確かな自信と再現性のある武器を手に入れたはずだった。
広域営業部の会議室。ホワイトボードにはハトー屋で完成させたアカウントマネジントプロセス図が貼られている。その図を誇らしげに見つめながら伊藤部長が力強く宣言した。 「ハトー屋での成功は始まりに過ぎん。この勝利の方程式を他の広域チェーンにも展開していく。これが今年度下期の我々の最重要ミッションだ」
その言葉に藤原課長、角井さん、そして丸尾くんも高揚感と共に頷いた。 「次のターゲットはどこにしますか?」と藤原課長が問う。 部長の口から出た名前は、誰もが予想しそして誰もが挑むことを恐れていたあのチェーンの名だった。
「―――メガマートだ」

メガマート。近年、EDLP(エブリデイ・ロープライス)戦略を武器に、業界地図を塗り替える勢いで急成長している巨大チェーン。その経営は徹底的にデータドリブンであり野心的で革新的なアイデアを次々と打ち出すまさに業界の風雲児だ。
「メガマートですか…」 丸尾くんは、期待とそれ以上に大きなプレッシャーでごくりと喉を鳴らした。
「根拠が弱い」自信を打ち砕いた王者の一言
数週間後、メガマート本部。
商談の時間を待つ丸尾くんと藤原課長の耳に、隣の商談ブースから自信に満ちた声が漏れ聞こえてきた。聞き覚えのある声。MAX食品の営業影山さんだ。
「―――ですので、ID-POSデータを時間軸で分析した結果、貴社におけるこのカテゴリーの最適配置により現状より15%の売上向上が見込めます。具体的な棚割りシミュレーションはこちらです」
具体的な数値、揺るぎないロジック。自分たちがこれからやろうとしている提案とは次元が違う。それは、最新の分析に基づいた未来予測。丸尾くんは、自分たちが手にしている武器がまるで手探りの地図のように思えてきた。
やがて、影山と入れ替わるようにして担当バイヤーである島崎(しまざき)バイヤーとの商談が始まった。噂に違わぬ、若く、理知的でそして一切の無駄を嫌う鋭い目をした人物だった。
「さて、丸閥食品さん。今日はどのようなご用件で?」
丸尾くんは緊張を抑え、ハトー屋で成功したプロセスに基づきメガマートの店舗を徹底的に歩き込んで見つけ出した現場起点の課題と改善案を熱意を込めて説明した。ハトー屋の山葉バイヤーであれば、きっとこの現場感に興味を示してくれたはずだ。
しかし、島崎バイヤーの反応は氷のように冷たかった。
「おっしゃりたいことは分かります。ですが、そのご提案の根拠はあなたの『感覚』ですよね?それを採用した場合に売上や利益がどう変化するのか、具体的な予測値をパーセンテージで示せますか?」
「そ、それは…これから検証させていただければと…」 しどろもどろになる丸尾くんに、島崎バイヤーは静かに、しかし決定的な一言を告げた。
「我々は、成長のために全ての判断をデータに基づいて行います。残念ながら、今日のあなたの提案は我々が議論するに値するレベルに達していません」

完敗だった。
熱意も、現場感もこの巨大なデータ信奉者の前では何の価値も持たなかった。
事務所に戻り、伊藤部長に結果を報告すると会議室は重い沈黙に包まれた。藤原課長ですら、慰めの言葉を見つけられないでいる。 しばらくして、ずっと腕を組んで目を閉じていた伊藤部長が、絞り出すように言った。
「…そうか。それほどデータを重視しているとは想像以上だったな」
その声には、いつもの豪快さは微塵もなかった。
「今の我々には、彼らと同じ土俵で戦う武器がない…」
チームのリーダーが発したその言葉は、丸尾くんの胸に絶望という名の重い錨となってどこまでも深く突き刺さっていった。
《今回の学び:ビジネス環境の理解》 ハトー屋での成功体験は、あくまで「特定の環境下」での勝利でした。相手が変われば、商売のルールも求められる事も全く変わります。アカウントマネジメントの第一歩は、目の前の得意先の経営方針、企業文化、そして「何を最も重視するのか」という価値基準を先入観なく正確に理解することから始まるのです。
次回予告
あまりに巨大な「データ」という壁の前に、為す術なく打ち砕かれた丸尾くんたち。自信を失い、重苦しい空気がチームを包む中で角井さんが静かに口を開く。「本当に武器はないのかしら?」。絶望の淵から始まる起死回生の敗因分析。彼らは、自分たちだけの戦うべき場所を見つけ出すことができるのか?
次回、「【戦略転換】僕たちの戦うべき場所」お楽しみに!