
得意先のカテゴリー戦略を、どのくらい理解していますか?
三国食品の鈴木さんの協力により、ハトー屋の上層部も交えた3社会談の実現が、いよいよ現実味を帯びてきた。伊藤部長や藤原課長とも打合せを重ね、「今後のハトー屋との対応プラン」の骨子も固まりつつある。プロジェクトは順調に進んでいるように思えた。
しかし、丸尾くんの心の中には一つの不安が渦巻いていた。『このプランは、本当にハトー屋さんのためになるんだろうか…?もっと彼らのことを深く理解しなければ、ただの独りよがりな提案で終わってしまうんじゃないか…』
そんな思いを抱えながら、先日チームで練り上げたプランを角井さんに共有した。
一通り話を聞き終えた角井さんは、丸尾くんの表情からその不安を読み取ったかのように静かに頷いて言った。
「丸尾くん、順調に進んでいる。このプランをさらにブラッシュアップするために、もう一度、原点に立ち返ってみましょう。改めてハトー屋さんの情報収集を行うのよ」
「情報収集…ですか?」
「ええ。すでに知っていること、まだ分かっていないことを整理してハトー屋さんの会社としての戦略や方針をより深く把握する必要があるわ。自分たちのプランがハトー屋さんの目指す方向と合っているか、本当にハトー屋さんが困っていることの解決に繋がるか検証するためにも重要な作業なの」
角井さんは、改めて把握すべき項目として、以下の4点を挙げてくれた。
- ハトー屋の方針・戦略: 会社としてどのような方向を目指しているのか。中期経営計画などがあればそこに目を通す。
- 組織体制と主要人物: どのような部署があり、誰がキーマンなのか。特に山葉バイヤーの上司やその上の責任者は誰か。
- ハトー屋の業績と商環境: 最近の業績はどう推移しているのか。競合チェーンとの競争状況や市場全体の動向はどうなっているのか。
- カテゴリーの状況: 丸尾くんが担当するカテゴリーは、ハトー屋のビジネス全体の中でどのような位置づけなのか。カテゴリーで問題は生じているのか。
IR情報と業界紙は宝の山。あなたの提案、根拠を持って語れますか?
角井さんのアドバイスを受け、丸尾くんは早速情報収集に取り掛かった。まずは、ハトー屋のホームページをくまなくチェックする。正直、これまでは新店情報くらいしか見ていなかったが改めて『IR情報』のページを開いてみて丸尾くんは息をのんだ。そこには、これまで自分が全く知らなかったハトー屋の「素顔」が詳細に記されていたのだ。決算情報や説明会資料には、彼らの中長期的な戦略や足元の業績が具体的な数字と共に豊富に載っている。「すごい…こんな情報が公開されていたのか…」簡単な組織図と役員リストを見れば、大体の組織体制やキーマンまで把握することができた。
さらに、ハトー屋の競合として名前が挙がるチェーンについても同様に情報を集めていく。すると、パズルのピースがはまるように、ハトー屋の戦略がより立体的に見えてきた。「なるほど、競合がああいう戦略だから、ハトー屋はこういう手を打っているんだな」と、これまで点と点だった情報が、一つの線として繋がっていく感覚があった。
業界紙やネットニュースにも、これまで以上に注意深く目を通す。今まで読み飛ばしていたような小さな記事の中にも、ハトー屋の未来を読み解くヒントが隠されていることに気づき始めた。

一連の情報収集を終え、丸尾くんは自分のデスクで静かに興奮していた。二次情報、つまり誰でもアクセスできる公開情報だけで、これほどまでに得意先の解像度が上がるとは。新人の頃、情報収集とは得意先や卸さんから直接話を聞くことだけだと思い込んでいた自分が少し恥ずかしくなった。「情報は、足元にいくらでも転がっていたんだ…」
集められた情報を丸尾くんなりに整理してみる。
・ハトー屋は首都圏でのドミナント化(特定地域での集中的な出店)を進めている。
・今後5年間で古い店舗や競争の激しい店舗の改装を進めていく。
・昨年オープンした大福店がその改装のモデルとされている。
・アプリやWebを活用して固定客化を推進し、お客様一人あたりの買上げ点数+0.5品増加を目指している。
・今後の成長のために新業態開発のプロジェクトを立ち上げている…。
ミーティングの日、丸尾くんがまとめた資料を会議室のテーブルに広げると藤原課長と角井さんは感心したように目を通した。

「よく調べたじゃないか、丸尾。ハトー屋さんが会社としてどこを目指しているのか、かなりクリアになったな」と藤原課長。角井さんも頷きながら、「ええ。ここまで整理できれば、次のステップに進めるわね」と続けた。
角井さんはホワイトボードの前に立つと、マーカーを手に取った。「じゃあ、これらの情報から、ハトー屋さんが今、本当に『困っていること』は何だと思う?そして、その中で、私たち丸閥食品が貢献できることは?」その一言をきっかけに、議論は一気に熱を帯びた。
「大福店がモデル店舗ならその成功要因を他の店舗に横展開したいはず。でも、その効果検証まで手が回っていないのでは?」 「競合の出店攻勢に対して、カテゴリーレベルでどう差別化していくか具体的な打ち手に悩んでいるかもしれません」 「これらの取り組みを一過性で終わらせず、PDCAを回していく仕組みそのものを提供できたらハトー屋さんにとって大きな価値になるはずだ…!」
丸尾くんも、藤原課長も、角井さんも、それぞれの視点から次々とアイデアを出し合う。それは単なる会議ではなく、ハトー屋の未来を共に考えるまさに「チームでの戦い」だった。
白熱した議論の末、彼らが「今後のハトー屋との対応プラン」の核として設定したアプローチは、自然と3つの柱に収束していった。
- 大福店の効果検証と横展開支援: モデル店の成功を全社の資産に変える手伝いをする。
- 競合店との差別化戦略の具体化: 競合調査を実施してハトー屋独自の強みを磨き上げる。
- PDCAサイクルの導入提案: 一過性ではない、継続的な成長の仕組みを共に創る。
プランの輪郭が見え丸尾くんが少し満足感に浸っていたその時、ずっと議論を見守っていた藤原課長が静かにしかし鋭く口を開いた。
「いいプランだ。だが一つだけ忘れるな」課長の言葉に場の空気が引き締まる。
「これは、まだ我々の『仮説』に過ぎん。このプランを机上の空論で終わらせないために、最後に最も重要な作業が残っている。…丸尾、わかるか?」
「…ヒアリング、ですか?」
「その通りだ」と藤原課長は頷いた。「この我々の仮説を、山葉バイヤーや三国食品の鈴木さんにぶつけてみろ。彼らの口から『本音』を引き出し、その生の声でプランを磨き上げるんだ。それなくして本当に価値ある提案にはならん」
その言葉は、丸尾くんの胸に深く突き刺さった。そうだ、自分たちはまだスタートラインに立っただけなのだ。この熱い思い込みを独りよがりにしないために。丸尾くんは、次のステップであるヒアリングに向けて静かに闘志を燃やし始めた。
次回予告
得意先の本音を聞き出すためのヒアリング実施! 丸尾くんは、ハトー屋の山葉バイヤー、そして帳合の卸・三国食品の鈴木さんに、設定した課題について質問を投げかける。ヒアリングを通じて、新たな情報や、プランに盛り込むべき重要な示唆が得られるのか?
次回、「【仮説検証】ヒアリングでバイヤーの本音に迫る!情報の質を上げる技術」お楽しみに!