
プレゼンテーション前にシミュレーションをしていますか?
いよいよ、ハトー屋へのプレゼンテーションの日がやってきた。改装店舗の事前調査と事後評価の定型化という、丸尾くんたちが練り上げたプランを提案する日だ。このプレゼンがハトー屋との信頼関係を再構築し、長期的なパートナーシップを築くための重要な一歩となる。
プレゼンメンバーは、丸閥食品から伊藤部長、藤原課長、そして丸尾くんの3名。そして、三国食品から元口部長と鈴木さんの2名。ハトー屋側は、山葉バイヤーに加え、バイヤーの上司である川崎部長の2名だ。総勢7名でのプレゼンテーションとなる。
プレゼン会場は、元口部長のご厚意により三国食品の会議室を使わせていただいた。
ハトー屋本部に伺うことも考えたが、川崎部長から「社外で気分を変えて実施したい」という意見があったそうで三国食品の会議室に決定した。
この日は、商品紹介などの通常の商談とは切り離し改装店舗に対する調査・評価案のみを提案する予定だ。山葉バイヤーには鈴木さんを通じて概要だけは事前に伝えていただいているが、川崎部長は今日初めてプランを見ることになる。
プレゼン時間は30分程度、質疑応答を含めて50分を予定している。丸尾くんたちは早めに三国食品の事務所を訪れ、プロジェクターやパソコンなどの機材の準備や操作の確認をして万全を期した。
角井さんは商談で同行できなかったが、前日に「応援しているわよ!」と励ましのメールをくれた。
ハトー屋の2名が到着し、いよいよプレゼンが始まった。

最初に元口部長より、本日の目的とこの場を設けていただいたことへの感謝の挨拶があった。続けて伊藤部長より今回の件でご迷惑をおかけしたことへの改めてのお詫びと、ハトー屋と改めて1から取り組み、信頼を回復したい旨の説明があった。そして今日の提案は、その信頼回復の第一歩として位置づけていること、奇譚のない意見をいただきたいという誠実な思いが伝えられた。
いよいよ、丸尾くんの番だ。心臓が早鐘のように鳴り、手のひらにじっとりと汗が滲む。(大丈夫だ…角井さんや藤原課長と、あれだけ練習したじゃないか…)と、自分に言い聞かせる。
しかし、目の前の川崎部長の鋭い視線がその自信を揺らがせる。その時、ふと隣に座る伊藤部長の泰然自若とした横顔が目に入った。そうだ、今日は一人じゃない。その事実に不思議と心がすっと静まっていくのを感じた。プレゼンが始まってからは自分でも驚くほど落ち着いて言葉が淀みなく出てきた。
「ハトー屋様が今後推進される店舗改装において、私たちがどのように貢献できるか…」
丸尾くんは、ハトー屋の経営戦略、カテゴリーの現状、そして提案内容の具体的なメリットをデータや調査結果を交えながら説明した。
途中、山葉バイヤーから内容に関する質問がいくつかあったが、事前に想定された質問だったため問題なく対応できた。緊張感の中にも手応えを感じる瞬間があった。気がつけば30分のプレゼンはあっという間であった。
「責任をどう取るのか?」ロジックを超えた、リーダーの覚悟
その後、質疑応答の時間となった。
それまで黙って話を聞いていた川崎部長が、丸尾くんのプレゼン内容に対して正直な感想を述べた。
「ご提案ありがとうございます。丸尾さん、提案の骨子は理解しました。ですが、いかにもコンサルタントが考えそうな理想論に聞こえなくもない。その改装前後の調査によって、我々の当該カテゴリーの売上あるいは粗利が具体的に何パーセント向上すると試算していますか?その根拠となるデータも今すぐ見せていただきたい」
この無茶な要求に、丸尾くんが一瞬言葉に詰まります。場の空気が緊張する中、すかさず藤原課長がフォローに入ります。「川崎部長、ごもっともなご指摘ありがとうございます。現時点で精緻な効果予測をお示しすることはできません。なぜなら、それは机上の空論に過ぎないからです。我々がご提案したいのは、まず貴社の改装戦略における『判断材料の質を高める』こと。貴社と共に現場でPDCAを回すための強固な土台をゼロから作らせていただきたい。これが我々の提案の本質です」と冷静に目的を再定義して切り返します。
川崎部長は表情を変えず、さらに踏み込みます。
「なるほど。では、もしこの取り組みを実施して期待したほどの効果が出なかった場合、丸閥食品さんとしてはどのように責任を取っていただけるのですか?」
場の空気が凍りつきます。
ここで、これまでただ静かに川崎部長の質問を聞いていた伊藤部長が、ゆっくりと、しかし力強く口を開きます。「川崎部長、我々はこの取り組みに会社の総力を挙げてコミットします。万が一、ご期待に沿えなかった場合は、その原因を徹底的に分析し改善策を必ずご提示し続けます。これは単なる取引ではなく、貴社との長期的なパートナーシップを築くための我々の『覚悟』です。その証として、本日この場におります」と、トップとして会社の全責任を負う姿勢を明確に示します。
川崎部長の厳しい表情が初めて少し和らぎます。「…皆さんの『覚悟』はよく分かりました」と一言。
「正直、丸閥食品さんからここまでの内容の提案をいただけるとは思っていませんでした」
その言葉に、張り詰めていた会議室の空気がふっと緩んだ。丸尾くんは、全身の力が抜けていくのを感じた。隣の藤原課長が小さく息を吐くのが聞こえる。テーブルの下で、伊藤部長が力強くガッツポーズをしたのを丸尾くんは見逃さなかった。元口部長と鈴木さんも驚きとそして確かな手応えを感じた安堵の表情を浮かべていた。
「このカテゴリーは販売の構成比が高くないので、正直山葉バイヤーもすべてを把握しきれていないと思う。なので、こうした第三者的な視点からの調査や評価は私たちにとっても非常に助かります。」
川崎部長は、今回の提案がハトー屋にとってメリットがあることを明確に示してくれた。
山葉バイヤーからも、「どこまでタイムリーに情報提供されるのか」、「データの精度はどの程度なのか」といった具体的な質問があり提案内容に対する関心が高いことが伺えた。
その後、雰囲気が和やかになった中で情報交換や雑談を挟んでプレゼンは終了した。結果は後日改めて連絡するということだった。
三国食品から退室し、プレゼンを終えた丸尾くんたちは近くのファミレスに移動した。
プレゼンテーションの緊張から解放され、4人ともどっと疲れが出て言葉少なだ。
「…疲れたけど、充実感はありますね…」
丸尾くんが呟いた。

伊藤部長は、そんな丸尾くんの言葉を聞きながら、じっと丸尾くんを見つめていた。
今回のプレゼンに向け、丸尾くんたちが寝る間も惜しんで準備してきた努力を誰よりも知っていたのだ。
結果はまだ分からない。だが、ハトー屋の上層部から手応えのある反応を得られたことは確かだ。
丸尾くんは、チームで協力してこの困難に立ち向かえたことに静かな達成感を感じていた。
《この物語の学びを、貴社の力に》
データと論理を超えた伊藤部長の『覚悟』が、川崎部長の心を動かしました。トップが同席することの意味は、肩書きではなく会社としての本気度を示すことにあります。貴社の営業マネージャーは、重要な商談で担当者の盾になれていますか。
丸尾くんと一緒に、もっと深く学びたいあなたへ
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引き継ぎトラブル、バイヤーとの関係再構築、組織を動かす卸連携、そして上層部を巻き込んだトッププレゼン。丸尾くんが担当した本部で直面したリアルな壁とチームで乗り越えるプロセスを、物語を通じて体系的に学べる一冊です。
アカウントマネジメントの考え方と実践プロセスが、現場で即活かせる形で凝縮されています。
次回予告
プレゼンから1週間。結果を待つ間の緊張と緩和。燃え尽き症候群気味の丸尾くんに、卸の鈴木さんからついに電話が入る! プロジェクト堅牢盤石の行方は? そして、多くの人を巻き込み、協力を得ながら進めてきた丸尾くんが、改めて気づく大切なこととは…。
次回、「【成果と学び】プロジェクト結果発表!多くの人に支えられた成長」お楽しみに!
