
現場では好評だった提案が、いざ上層部の決裁となると「NO」と言われてしまった経験はありませんか?
「―――以上が、テスト販売の結果報告となります」
メガマート本部の商談室。丸尾くんは、これ以上ない自信を持って島崎バイヤーへのプレゼンを締めくくった。『アソートパック』の完売、新規顧客の獲得、そしてカテゴリー全体の利益率8%向上。データも、現場の声も全てが今回の試みの成功を物語っている。これだけの結果を示せば、島崎バイヤーも必ずや評価してくれるはずだ。
報告を終えた丸尾くんを、島崎バイヤーは、これまでに見せたことのない、複雑な表情で見つめていた。 しばらくの沈黙の後、彼がゆっくりと口を開いた。
「…丸尾さん。まず、素晴らしい結果です。正直、ここまで明確な成果が出るとは思っていなかった」

その言葉に、丸尾くんの胸に安堵感が広がる。しかし、その安堵は、続く一言で無残にも打ち砕かれた。
「ですが」
その一言で、場の空気が凍りつく。
「ですが、この結果だけでは、我々が動く理由にはなりません」
「…え?」 予想外の言葉に、丸尾くんは思わず声を漏らした。
「リスクを取る理由がない」巨大組織の論理
島崎バイヤーは、冷静に厳しい現実を突きつけた。
「結果は素晴らしい。あなたのチームが発見した『新しい顧客ニーズ』は確かに我々の成長戦略に合致している。しかし、スケールが小さすぎる。たった1店舗で100個のパックが売れただけ。この規模では、大手メーカーとの長年の関係を変えるほど会社を動かすインパクトにはなりません。」
彼は続けた。 「我々は、今、急成長の真っ只中にいます。だからこそ、新しいことには挑戦したい。しかし、急成長しているからこそ、一つの失敗が会社全体に与えるダメージも大きい。大きな変化には、相応のリスクが伴います。今のあなたの提案は、『面白い』が、我々が会社としてリスクを取るに足る『確信』には、まだ至っていない」
それは、成長チェーンであるがゆえの「慎重さ」だった。野心とその裏側にある失敗への恐怖。 丸尾くんたちの「店舗での情報収集」は、確かに顧客と現場(店舗)の心を動かした。しかし、巨大な組織の意思決定を促すにはまだ力が足りなかったのだ。
「…では、どうすれば…」 食い下がる丸尾くんに、島崎バイヤーは静かに首を振った。 「それは、私が答えることではありません。あなたが考えることです」
商談はそこで終わった。 この確かな手応えがあれば、島崎バイヤーにも自信を持って報告できる。丸尾くんはそう確信し本部へと向かったはずだった。しかし、目の前には以前とは質の違う、より高く分厚い壁が新たに立ちはだかっていた。
戦術の成功 ≠ 戦略の勝利。次に打つべき、革新的な一手とは
事務所に戻り、チームに商談の結果を共有すると、会議室は再び重い沈黙に包まれた。成功したはずなのに前に進めない。そのもどかしさが全員の肩に重くのしかかる。
「…そうか。バイヤー個人の評価は得られても、会社としての判断は、また別次元の話ということか…」 藤原課長が、悔しそうに呟く。
その時、ずっと黙って話を聞いていた角井さんがホワイトボードに一つの図を書き始めた。ピラミッドの図だ。
「皆さん、私たちは今、このピラミッドの最下層にいます」

彼女は、ピラミッドの底辺を指し示した。 「『アソートパック』という『戦術』レベルでは、私たちは100点満点の成果を出した。これは紛れもない事実です」
次に、彼女はピラミッドの頂点を指差す。 「でも、島崎バイヤーが、そしてメガマートという組織が求めているのは、もっと上の階層。『戦略』レベルでの大きなインパクトです。私たちの今の成果は彼らを動かすにはまだ小さすぎる。」
彼女の冷静な分析は、チームが置かれている状況を、的確に言語化していた。
「ならば、どうする…?」伊藤部長が、低い声で問う。
「…もう一度、原点に戻るしかありません」 角井さんは、チーム全員の顔を見回して言った。
「アソートパックで証明できた『新しい顧客ニーズ』このニーズに対して、もっと大きなインパクトを与えられる、もっと革新的なアプローチを考える。戦術レベルではなく、ビジネスモデルそのものを変えるような、次の一手を」
そうだ。ここで立ち止まっているわけにはいかない。 壁にぶつかった今こそデブリーフィングを行い、課題の本質を見極め次なる打ち手を考える。それこそが、自分たちが身につけた「アカウントマネジメント」の神髄のはずだ。
チームは、再び顔を上げた。その目にはもう絶望の色はない。 越えるべき壁の高さが見えたからこそ燃え上がる、新たな挑戦への炎が宿っていた。
《今回の学び:戦術的成功と戦略的勝利の違い》 現場レベル(戦術)での成功が、必ずしも経営レベル(戦略)での意思決定に繋がるとは限りません。提案が通らない時は、以下の視点で自問してみましょう。
戦略との合致: 得意先の中長期的な成長戦略に貢献しているか? 角井さんがピラミッドで示したように、自分の成果が相手の組織のどの階層に響くものなのかを冷静に分析し、次の一手を考える必要があります。
インパクトの規模: その成功は、得意先全体に影響を与えるほどの規模か?
リスクとリターン: 得意先が負うリスクに見合うだけの成果があるか?
次回予告 ※次回は新年1月5日(月)の更新になります。
「より大きなインパクト」「革新的なアプローチ」とは何か?停滞するチームのデブリーフィング会議で、伊藤部長が、自らの過去の失敗談と共に、ある「記憶」を語り始める。開発部の倉庫の奥に眠っていた「ボツになったレシピ」。それが、チームを逆転へと導く切り札となる!
次回、「【価値創造】「PB共同開発」という切り札」お楽しみに!