
新しい挑戦を阻む最大の敵が「社内の常識」や「過去の失敗」だった、という経験はありませんか?
「・・・。PBの開発?冗談じゃない!」
開発部長室。 丸尾くんと角井さんから提案の趣旨を聞いた、苑田(そのだ)開発部長の第一声は、予想以上に強い拒絶だった。
苑田部長は、かつて伊藤部長と共にPB開発プロジェクトで苦杯をなめた張本人だ。彼は、山積みになった書類の奥から苦々しい表情で二人を睨みつけた。
「あの時のことを忘れたわけじゃないだろう。我々開発は、何か月も心血を注いで最高のレシピを作り上げた。だが、結果はどうだ。営業の都合と先方の気まぐれで、全てがパーだ。あげく、プロジェクトは解散しメンバーは散り散り。二度と同じ轍は踏まん。この話は、以上だ」
それは、単なる反発ではなかった。過去の深い傷からくる、組織のトラウマそのものだった。 正論も、熱意も、この分厚い壁の前では、何の力も持たない。丸尾くんと角井さんは、為す術もなく開発部長室を後にするしかなかった。

「…どうしましょう、角井さん。あそこまで頑なだと…」 廊下で、丸尾くんが弱音を吐く。
「そうね…。これは、私やあなたでどうにかなる問題じゃない。組織の根深い問題よ」 角井さんの表情にも、珍しく険しい色が浮かんでいた。
正論ではなく「覚悟」。組織のトラウマを乗り越える対話
その日の夕方。 報告を受けた伊藤部長は、一言「そうか…」とだけ呟くと、静かに席を立った。彼が向かった先は、言うまでもなく苑田開発部長の執務室だった。
「苑田、少し時間いいか」 ドアをノックもせずに入ってきた伊藤部長に、苑田部長は顔をしかめる。
「伊藤部長…。先ほど、お宅の部下にも言ったはずですが。あの話は、もう…」
「ああ、聞いた。だから、俺が来たんだ」
伊藤部長は、言い訳も、弁明もせず、ただ深々と頭を下げた。
「…あの時は、本当に申し訳なかった。全て力不足だった俺の責任だ」

予期せぬ謝罪に、苑田部長がたじろぐ。
「あんたが、頭を下げることじゃ…」
「いや、俺の責任だ。だがな、苑田」
伊藤部長は、顔を上げると、真っ直ぐに旧友の目を見つめた。
「今回は、違う。昔の俺たちのように机の上で考えただけのプランじゃない。丸尾っていう若いのが、自分の足で確かな『客の声』を見つけてきたんだ。データじゃない、生身の人間のニーズが、メガマートの現場にある。これはリベンジじゃない。全く新しい挑戦なんだ。」
苑田部長は、黙って聞いている。その表情は、まだ硬い。
「分かってる。お前たち開発に、これ以上無駄な苦労はさせられない。だから、約束する。このプロジェクトが失敗した時の責任は、全て俺が取る。開発部には、一切迷惑はかけさせん。その代わり、もし成功したらこの成功はお前たち開発部の手柄だ。…それで、どうだ?」
営業部長としての、全ての責任を負うという「覚悟」。 そして、共に戦う仲間への、最大限の敬意。
長い沈黙の後、苑田部長は、大きなため息をつくと、デスクの引き出しから、一本の鍵を取り出した。
「…本当に、あんたは昔から、人が悪い。分かりましたよ。倉庫の奥に、あいつ(中瀬)が残した当時のデータがあるはずだ。これを持っていけ。ただし、本当に今回限りですからね。」
全社を巻き込め。スピードこそが、中堅メーカーの生命線
開発部の協力という最大の関門を突破した。しかし、休んでいる暇はなかった。
「メガマートさんのような成長チェーンは、何よりも『スピード』を重視するはずだ」 角井さんの分析に基づき、チームは前代未聞の短期開発プロジェクトを立ち上げた。
丸尾くんは、すぐに三国食品のメガマート担当、目黒(めぐろ)さんの元へ走った。 「目黒さん!PB開発にあたり、物流やコスト面で、ご協力いただけませんか!」
バイクメーカー出身で、効率化とスピードを信条とする目黒さんは、この挑戦的なプロジェクトに目を輝かせた。
「面白い!やりましょう!最短で最適なルートを、私の方で設計します!」
一方、開発部では、苑田部長の指示のもと、あの「ボツになったレシピ」の主である、技術者の中瀬さんが、プロジェクトに合流した。
「このレシピは、俺の子供みたいなもんです。最高の形で世に出してやりたい。」
彼は、過去の悔しさを晴らすかのように、驚異的な集中力でレシピの改良と現代の味覚に合わせたブラッシュアップに取り掛かった。
営業、開発、そして社外のパートナーである卸。 それぞれのプロフェッショナルたちが、伊藤部長の「覚悟」のもと、一つの目標に向かって猛烈なスピードで動き出す。
それはもはや、広域営業部だけのプロジェクトではなかった。 丸閥食品という、一つの「組織」が、その持てる力の全てをかけて挑む、総力戦の始まりだった。
《今回の学び:チェンジマネジメントとリーダーの覚悟》 革新的なプロジェクトの最大の壁は、しばしば社内に存在します。過去の失敗体験からくる「組織のトラウマ」は、正論だけでは乗り越えられません。組織を動かすためには、以下の3つの要素が必要です。
・過去の受容: 過去の失敗や相手の感情を否定せず、誠実に受け止める。
・責任の所在: 失敗時の責任はリーダーが取り、成功時の手柄は現場に譲るという「覚悟」を示す。
・大義の提示: 個人の利益ではなく、「顧客のため」「未来のため」という共通の目的を掲げる。 これらは、組織に変革をもたらすリーダーに不可欠な資質です。
次回予告
全社の協力を得て、驚異的なスピードで完成したPBの試作品。いよいよ、島崎バイヤーへの最終提案の日がやってくる。丸閥食品が提示する、大手の常識を覆す「NBとPBの粗利ミックス」というパラダイムシフトとは?そして、その提案を聞いた島崎バイヤーの反応は…?