
商談のゴールは「競合に勝つ」ことですか?それとも「新しい価値を創る」ことですか?
「この話、前向きに進めよう」
メガマート・秋山部長のその一言は、丸閥食品と三国食品のチームに、大きな歓喜と安堵をもたらした。長かった戦いがついに報われた。丸尾くんも、隣に座る伊藤部長と固く握手を交わした。
しかし、真の驚きは、その直後に訪れた。
秋山部長は、満足げに頷くと、チームの誰もが予想しなかった驚くべき決断を口にしたのだ。
「さて、具体的な進め方だが、島崎」 「はい」 「カテゴリーの棚は、いじるな」
「―――え?」 その言葉に、丸尾くんだけでなく、伊藤部長や元口部長までもが息をのんだ。カテゴリーの棚に、自分たちのPBが食い込む。それが、今回の提案のゴールではなかったのか?
「棚を奪う」のではなく「新しい売場を創る」という決断
当惑するチームを前に、秋山部長は、楽しそうに笑みを深めた。
「勘違いするな。君たちの提案を、採用しないと言っているわけじゃない。むしろ、その逆だ。君たちの提案は、あまりに革新的すぎて既存の棚の『一部』として収めるにはもったいなさすぎる」

彼は、一枚の店舗レイアウト図をテーブルに広げると、ある場所を指し示した。
「ここに、新しいコーナーを創る」
その場所は、他社が支配するカテゴリーのすぐ隣。これまで、あまり活用されていなかったデッドスペースだった。
「このコーナーを、『メガマート PB Lab』と名付ける。君たち丸閥食品を、その初代開発パートナーとして指名する。」
PB Lab(プライベートブランド・ラボ)―――。 その、聞き慣れない言葉の意味を誰もが掴みかねていた。
競合排除ではなく、価値創造を。「PB Lab」に込められた、成長チェーンの野心
秋山部長は、そのネーミングに込めた、自社の野心的な狙いを語り始めた。
「我々メガマートは、常に新しいことに挑戦し、成長し続ける企業だ。そのためには、お客様に、他社にはない『新しい価値』を提供し続けなければならない。この『PB Lab』は、そのための我々の『実験室』だ」
彼は、丸尾くんたちの提案を指し示す。
「君たちが今回やってくれたこと。つまり、店舗での情報収集から仮説を立て、低コストで実証実験を行い、新しい顧客価値を発見する。この『プロセス』そのものが、我々が求めていたものなんだ。このラボでは、君たちをパートナーとして、第二、第三の『アソートパック』のような、革新的なPBを次々と生み出していきたい」
それは、単なるPBの採用ではなかった。 丸閥食品を、単なるサプライヤーとしてではなく、新しい価値を共に創り出す「共同開発パートナー」として組織的に迎え入れるという宣言だった。
島崎バイヤーも、興奮した様子で補足する。 「他社さんとの関係は、もちろん重要です。彼らは、我々の『現在』の売上を支えるパートナーだ。しかし、丸閥食品さんあなた方は、我々の『未来』を創る、全く新しいタイプのパートナーなんです。だからこそ、戦わせるのではなく、両立させる。これこそが、我々メガマートらしい攻めの戦略です」
アカウントマネジメントプロセス⑤「合意」。 そのゴールは、競合を打ち負かし、棚を奪い合うという「ゼロサムゲーム」の勝利ではなかった。 それは、競合とは全く別の「新しい聖域」を得意先と共に創り出し、代替不可能な存在になるという「プラスサムゲーム」の始まりだったのだ。
「…承知、いたしました。いえ、ぜひ、やらせてください!」
伊藤部長が、深く、そして力強く頭を下げた。その声は、喜びと武者震いに満ちていた。成長チェーンの野心と、中堅メーカーの柔軟性と熱意。 その二つが融合し、ここに、真のパートナーシップが誕生した。

商談を終え、メガマート本部を出た丸尾くんは、見上げた空の青さが、目に染みるのを感じていた。自分たちがやってきたことは、間違いではなかった。いや、これこそが自分たちが進むべき道だったのだ。
遠くのビルの窓に、西日が反射して、キラリと光った。それはまるで、これから始まる、新しい物語の幕開けを祝福しているかのようだった。
《今回の学び:競争の無効化と、プロセス⑤「合意」の進化》 最終的な「合意」の形は、競合を排除し棚を奪うことではありませんでした。それは、競争相手のいない新しい市場(土俵)を自ら創り出す「ブルー・オーシャン戦略」の実践です。『PB Lab』の創設は、丸閥食品がメガマートにとって、他メーカーとは別の価値を持つ、代替不可能なパートナーになったことを意味します。最高の合意とは、ゼロサムゲームの勝者になることではなく、プラスサムゲームの創造者になることなのです。
次回予告
『PB Lab』開設から数ヶ月後。丸閥食品とメガマートの取り組みは、業界内で大きな注目を集めていた。一方、影山は何を思うのか。そして、伊藤部長が丸尾くんに語る、この勝利の「本当の意味」とは?角井さんが総括する、ランチェスター戦略の神髄。競合との消耗戦ではない、価値創造という新たな道筋。中堅メーカーが歩むべき未来が、今、示される。
次回、最終話「【俺たちの戦い方】パートナーという名の勝利」お楽しみに!